decadent(Clair de luna) 〜退廃(月の光)〜

月の綺麗な晩だった。

マルレの練習が終わって外に出ると、幻想的な月の光が辺りを照らしていた。
暗いのに、昼のように明るい、不思議な光景。
魂が吸い込まれそうな月の光を浴びているうちに、狂おしい衝動が湧き上がる。

恵ちゃんに、逢いたい――。
一日だって逢わずにはいられない。

今夜は練習で遅くなるから行かないつもりだったのに、ついメールを送ってしまった。

『月が綺麗だから、今から行く』

我ながら、訳の判らない内容だとあきれながら、携帯をポケットにしまう。
生き急ぐように逢瀬を重ねるのは、自信のなさの表れなのか?
千秋くんのことを棚上げにしたまま、僕たちは今まで以上に爛れた関係を続けていた。

間を置かず、返信が来た。
たった一言。

『待ってマス』

その返事を見たとたん、僕はすごい勢いで駆け出した。
まるで背中に翼が生えたようで、地に足がついてる感じが全くなかった。




彼女の部屋に入ると、無人のベッドを照らし出す月光。
時間が止まったような部屋に、鳴り響くピアノの音色。

肩に抱えていたカバンを床に置くと、その音色に誘われて、部屋の奥に入っていく。
唯一の光源は、窓からの月明かり。
白いネグリジェ姿の彼女が、スポットライトを浴びたように浮かび上がって、幻想的な美しさだ。

優しくも切ない旋律と相まって、まるで月の女神のようなたたずまい。
声をかければ、そのまま消えてしまいそうな……。

ぐっと胸が詰まった。
彼女のピアノは大好きなのに、無心で弾く姿を見ていると、なぜか切ない。
僕は漠とした不安を振り払うように、背後から忍び寄ると、彼女を強く抱きしめた。

「むきゃ!つめたいっ!」
「あ!ゴメンっ!」
「外、寒かったんですね。それ、脱いでクダサイ」

冷たい外気がまとわりついているコートを慌てて脱ぎだすと、彼女がピアノの椅子から立ち上がり、かいがいしくコートを脱ぐのを手伝ってくれた。
その時、くるぶしまである長いネグリジェが揺れ、はかない月の光を受けて、白い生地に女性らしい曲線が浮かび上がる。

透けてる……?

目が点になるとは、このことだ。
抱きしめた時、ネグリジェの生地がやけに頼りないとは思ったが、シースルーの生地だとは!
胸元はレースとフリルで清楚なお姫様風なのに、肌の色が見えそうな薄い生地。
劣情を煽られ、食い入るように見つめていると、コートをハンガーにかけていた彼女が、照れたように目を逸らした。

「ど、どうです、これ?なんか、辰男が海苔組合の新年会で当たって、うちじゃ誰も着ないからって、洋子が送ってきて……。その、ちょっと薄い、デスけど……」

真っ赤な顔で、腕で胸を隠しながらしどろもどろに話す様子に、背筋がぞくっと震えた。
口元が緩むのを必死で引き締めたが、その恥じらう姿がたまらず、床に転がって身悶えしたいほどだ。

「すごく……可愛い。よく、似合ってる」
「ホントですか!?」

彼女は、大きな目を輝かせて、本当に嬉しそうにくるりとターンした。
すその二重レースがふわりと舞い上がって、白い足首がチラリと覗く。
ひそやかな衣ずれの音をたてて、羽衣のような軽やかな生地が、艶めかしく煌めく。

可愛らしい笑顔なのに、無自覚に男を惑わす、きわどい仕草。
今すぐにでも触れたくて一歩踏み出したが、いざ彼女の前に立つと、ネグリジェのあまりの薄さに、目のやり場に困ってしまった。

「あの……」
「何デスか?」
「寒く、ない?」
「大丈夫。暖房を強くしてあるし」
「ああ……そう言えば、暑いね――。僕は重ね着してるから、余計に」

驚きの連続で、部屋がかなり暑いのにも気づかなかった。
シャツの上にセーターを着ている僕には、暑すぎるくらいだ。

「それなら、のだめだって、重ね着デスよ?」

彼女は胸元のリボンを解くと、上に羽織っていたガウンの前を一瞬はだけて見せた。
長袖のガウンの下は、袖なしのロングネグリジェで、月の光で肢体が浮かび上がる極薄さ。

「っわぁ……」

呻くように、感嘆の吐息を漏らす。

重たげな乳房の陰影。
透けて見える乳首の色。
腰から脚にかけての女らしいくびれ。

彼女は、素早くガウンを胸元でかき合わせたが、裸より官能的なその肢体は、一瞬で目に焼き付いてしまった。
頭に血が上って、動悸が一気に激しさを増す。

ブラ、してないんだ……。
下着は白いレースのショーツのみ。
それだって、ずいぶん薄くて頼りない小ささだ――。

目の前に差し出された肉体の色香に、僕の理性もふっとんだ。
だが、抱き寄せようと手を伸ばしたその瞬間、彼女はひらりと身を翻して、ピアノに向き直った。

「せっかくだから、最後まで弾きますネ。今夜は旅行とかコンクルとかで、人がいないんデス」

逃げられた……。
なんて、素早い。

僕の落胆をよそに、彼女は長い裾を持ち上げて、貴婦人のように上品な仕草で椅子に腰掛けた。
あんなエロティックな寝巻きが、月光の下だと、清楚なステージ衣装のようだ。

やがて奏でられる、ドビュッシーの月の光――。

彼女の指から零れ落ちた音の粒は、月の光のような煌めきを放っては、空気に溶けていく。
そのうち、彼女は後ろに立ちつくす僕の存在も忘れたかのように、演奏に没頭しだした。
目の前のか細い体が、だんだん神々しく存在感を増していく。
こんな素晴らしい演奏を聴いたら、本気で月の神が彼女をそばに召してしまいそうな――。

「……」

なんだろう、この取り残されたような、焦燥感は。
清らかなその姿は音に乗って遠く天を駆け、僕は指をくわえてただ見るだけ……?
こんなに煽っておいて、おあずけなんて――。

ダメだ、我慢できない!
僕をここまで挑発したんだから、何をしても文句は言わせない。
楚々としたその顔を淫らにゆがめて、臆面もなく僕を欲しがらせてやる。
僕は上に来ていたセーターを脱ぎ捨てると、狂気にも似た欲望を抱えて、彼女に歩み寄った。



月の光と戯れるように弾いている彼女の肩を、僕は無言で両手で掴んだ。
ふわふわと漂いそうだった体を引き留めるように、首筋にぎゅっと唇を押し当てる。

「ふぁ、ぁ…っ」
「いいよ、弾いてて」

艶めいた声が零れて、一瞬乱れる指使い。
弾くのを邪魔しないように、胸元のリボンを解いてガウンをはだけると、
薄暗い闇の中で白く透けて見える肉体は、抗いがたい魅力があった。

(あぁ……。これは、たまらないな……)

思わず両の手のひらで、柔らかな双丘をすくい上げる。
ふるふると重さを確かめるように揺らしては、指先で丹念に先端を摘み転がして……。
すぐに、彼女の肌は火照って桜色に染まっていった。

「はぁぁ……」

甘ったるい吐息とぷっくりと硬く尖った乳首。
嬌声を押し殺してはいるが、体の反応で感じているのは明らかだ。
ツンと生地を押し上げて勃つ胸先が愛おしくて、つい執拗に指の腹でしごいてしまう。

「あっ、あ、あ……ぁん」

目を潤ませ頬を紅潮させながらも、ピアノを奏で続ける彼女は、美しくて淫らだ。
快感の残滓が指から零れ出て、月の光のメロディまで淫靡に響く。
聴いていると体が熱く昂ぶり、もっと触れたい欲望がかき立てられる。

「綺麗だ……」

片手で胸を揉みしだきながら、ネグリジェの裾をたくしあげると、ほっそりとした脚が露わになった。
月明かりで青白く照らされた素足は、美しいけれど白磁のように冷ややかだ。
生命の躍動を確かめたくて、ペダルを踏む動きの間に、手を滑りこませた。

「あ……ぁっ!」

下着の上から指先を滑らせると、すでにそこはぐっしょりと濡れそぼっている。
襞に沿って指を前後に動かして、じらすように緩慢な刺激を与えていく。

「く、ふぅっ……」

眉を寄せて苦しげな表情をしながら、拒むどころか自然と開いていく脚。
快楽に正直な彼女の体に、つい笑みが零れた。

(お望み通り、触ってあげるよ。もっと、開いて――)

言葉でなく、手の動きで意思表示する。
片手で胸を揉みながら、太ももに手をかけ脚を大きく開かせると、蜜の湧き出る花びらに指を挿しいれた。
熱くうごめく襞が、ねっとり絡みついてくる。

「ふぅ、っ……」

その淫靡な感触に、僕は思わず熱っぽい吐息を洩らした。
指で彼女を貫き、浅く深く抜き差しすると、彼女は白い喉をのけ反らせて僕の指を締め上げた。

「あぁぁ…んん…っ」

淫らな水音とともに、彼女は曲のリズムに合わせて腰を振り、官能的なピアノの音をかき鳴らす。
耳からの刺激に感化されて異常に感じ易くなっていた僕は、指を動かしながら、みっともないくらい息荒く喘いだ。

「はぁ……くぅっ……」
「あぁ…あ、あ、んっっ!」

体をなぶられ限界ギリギリのところで弾いているのが、震える体から伝わってくる。
それでも、乱れなく、鮮やかに響く和音。
密着した肉体から伝わってくる魅惑的な音の波動だけで、絶頂に達してしまいそうだ。

とうとう最後のアルペジオがゆっくりとかき鳴らされた。
密やかに消え入る音にかぶって、くもごったうめき声が聞こえ、彼女の体がビクビク震えている。

「恵ちゃん……?」

鍵盤から指を離さず固まっているのが心配で声をかけると、彼女はぶるっと身を震わせて僕の胸にもたれてきた。
とろんとして焦点の定まらない瞳。
絶頂に達した時の顔だ――。

「すごく、すごくよかった。今の演奏――」

脱力した体を支え、柔らかな髪の毛を何度も手で梳いてやる。
頭を撫でられて目を細める顔は、無邪気そのもの……。
可愛い。
僕の……僕だけの、恵ちゃん――。

「こんなの、初めて……弾きながら……なんて」

ぽそりと彼女が呟く。
言葉にしなくても、彼女がピアノの音に中てられて、イッてしまったことを言ってるのがわかる。
僕も、あんな興奮は、初めてだった。
演奏がまだ続いていれば、僕だって我慢できずに果てていたかもわからない。

「黒木くんのあんな声……もっと、聴きたい」

彼女が身をよじって、僕の首に白い手を絡ませてくる。
月の光の下、艶めかしい体の輪郭が露わに浮かびあがる。
薄衣を押し上げる柔らかそうな双丘は、薄桃の先端が誘うように勃ち上がっている。
食べてしまいたい……。
震える手で彼女の体を抱きかかえると、かろうじて腕にひっかかっていたガウンを剥ぎ取り、宙に放った。
薄い布地は空気を含んでふわりと広がり、ゆっくりとピアノの上に舞い下りる。
羽衣を奪われた天女は、微動だにせず、挑戦的な強いまなざしで僕を見上げている。
その魅惑的な肢体に、触れずにはいられないのを、見透かしているように。

「あぁぁぁ……」

ぎゅうと絞り上げた両胸を卑猥に歪ませ、突きあがった先端を、見せつけるように舌の先でつつく。
淫靡に濡れて、浮かび上がる乳輪の色。
さっと紅に火照る肌が、たいそう淫靡だ。
強く吸った後が紅く浮かびあがり、まっさらな新雪を踏みにじっているような背徳感にゾクゾクした。

「ダメ……おかしく、なっちゃう……」
「いいよ。僕と同じくらい狂って」

そこからは記憶もあいまいで……
いつの間にか下半身を露わにし、椅子に座る彼女の脚を押し広げて、覆いかぶさるように貫いていた。
膝裏に手を通し、敏感な珠を擦りながら腰を抜き差しすると、彼女も気持ちよさげに腰が揺らす。

「あぁ……黒木く…んっ……感じるぅ…っ」
「恵ちゃん……。いいよ。すごく、いいよ――」

繋がっているところが熱くて、包まれる快感で体が蕩けてしまう――。

「あぁ……恵ちゃん……」

恵ちゃん、僕の愛しい人。
初めて会った時、僕の心に咲いた、穢れなきすずらんの花。
一生手折れない、高嶺の花だと諦めていたのに、今や彼女の方から身を投げ出してくる――。

「僕のものだ……僕の……」

僕に貫かれて腰を揺さぶられるその姿は、強風に翻弄される一輪のすずらんそのもの。
その揺れる乳房を鷲掴みにし、白い脚を抱えて最奥を抉ると、目の前に火花が散った。

「あぁぁ、いいっ!っ…ぅっ!」

すでに一度達している彼女は快感に敏感で、悲鳴のような嬌声をあげ、あっさりと昇天してしまった。
その際の締めつけに、どうしても持ちこたえられなくて、僕は早々に精液を彼女の奥深くに解き放つ。
本当は避妊をすべきなのだが、『今さら手遅れでしょ?』の彼女の言葉に甘えて最近はしていない。
全部吐きだしたはずなのに、なぜか興奮が治まらない。
まだ、全然、彼女が足りない。

「恵ちゃん……もっと……」

離れたくない。永遠に繋がっていたい。
いつもより常軌を逸した欲望が、理性を凌駕していた。
絶頂を迎えたばかりでぐったりしている彼女の体をぐっと持ち上げると、つながったままひっくり返した。
椅子の上に腹ばいにさせると、張りのある白い尻たぶを掴みあげ、
ぎりぎりまで腰を引くと、欲望の赴くまま、一気に奥へと突き上げた。

「あああぁぁっ!」

それまでぐったりしていた体が、驚くほど大きな声をあげてぴんとしなる。
腰の動きを速めると、愛液と精液が混ざりあって、ぐちょぐちょと卑猥な水音が辺りを制した。

「くろきく……待って……しんじゃう……」
「だめだ。全然、足りない」

僕のケダモノじみた腰の動きに、空を掴んでいた彼女の指が、ポロロ……ンとピアノをかき鳴らした。
堪え切れず身をよじった拍子に鍵盤を叩いた音が、なぜか喘ぎ声よりも卑猥で、体が熱くなる。

「あぁ……。イイっ!最高だよ!!」

重たげに揺れるたわわな膨らみを背後から掴みあげ、最奥を狙い突きあげる。
可憐とは程遠い、淫らの極地であるにもかかわらず、月の光に照らされた彼女は、この世のものとは思われないほど清らかで美しかった。

「ぁん、ぁん、あぁんっ!んんっ!」

がくがくと体を揺らされる度に、ポロロン……ポロリン……とデタラメなのに美しい音がかき鳴らされる。
そのうち、だんだんと彼女が自分から腰を動かし始めた。

「黒木くん……気持ち、イイ……」
「僕も……僕もだ……」
「あぅぅ……もっと、もっと奥まで――!」
「めぐみ……ちゃん?」
「黒木くん!気持ちいいのっ!もっと、もっと、めちゃくちゃにしてぇ……」
「めぐみちゃんっ!」



息がつまるほどの激しい交わり。
断末魔の彼女の指がかき鳴らす、アルペジオの和音。
そして――お互いの絶叫が、夜の静寂を切り裂いた。


【2012/12/24】

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